로그인それから俺たちは一旦イヤホン屋へと赴いた。
どうせなら神社から直行すればいいのではと思えそうだが、最後にアコを俺の部屋に連れて行って、そして、抱きしめたかったのだ。 まあ、すぐ消えるかと思ったら修理が完了してもアコは成仏しなかったわけだが。 冷静に考えたらそりゃそうだ。だって俺はまだ――アコを聴いていないのだから。「これが……アコの直った姿」 見てくれは変わらないはずなのに。断線したのをただ直しただけなのに。 どうしてだろう。なんでだろう。「はい。……どうですか?」「綺麗だ……そうか、本当はこんな姿なんだね」 不思議な気持ちである。 アコがあはは、と苦笑する。「といっても私はチタン筐体なので踏んだくらいじゃ壊れないんですけどね。ぶっちゃけ端子が壊れて断線しただけですし」 確かにそりゃそうなんだが、でも、やっぱり。「でも、何でだろう。違って見えるよ」「身内びいきですよ。……でも嬉しいです。ありがとうゆっくりとスマホを取り出す。スマホにポタアンを装着し、ポタアンのイヤホンジャックにアコ本体を差し込む。 電源を入れ、音楽の再生ボタンをタップする。 その、直後。 音が流れた。アコの音だ。 でも、今までみたいに指で差し込まれた時とは違う。低音も中音も高音もまるで違う。宝石のように澄んだキラキラの高音と、それに負けないパワフルで締まりのある低音。それでいてボーカルは前にしっかりときていて、それは非常に艶があり、エロい。 さらには様々な楽器が超高解像度の画像のようにあますとこなく『楽器』となって生み出され、それは全てが渾然一体となって『オーディオ』を形成している。 まさに、本物のアコの音だ。 そしてそれは、なんというか、 「……凄い、音」 だった。 「何度か私の指で聴かせましたけど」 俺は首を振る。 「いや、違う。全然違うよ。ずっとずっと、いい音だ。なんでだ? 贔屓じゃない。本当に違う。どうして違うんだ?」 「多分それはフィッティングの問題です」 「フィッティング?」 「イヤホンというのはしっかり耳の奥にフィットしないと音が隙間から抜けてしまうんですよ。具体的に言うと低音が。高音はしっかり聴こえるんですけどね」 なるほど、そういうことか。 確かに音そのものは指で聴いた時のアコの音と変わりない。シンプルでありながら重厚。それでいて煌びやかさが同居した気品ある音。 だが細やかな点は天と地ほど違う。そして大きな点も一つ違う。 それが―― 「確かに力強い低音だ。ドスドスして、ギュッとしまってる」 この強い低音が他の音を邪魔するどころかむしろ彩りとなってさらに中高音が引き立って聞こえてくる。 音に連動するように何故だろうか、涙が出てきたのである。 音があまりにも凄すぎて、ぬぐってもぬぐっても涙があふれてくるのである。 アコが嬉しそうに頷く。 「そうです。やはり指だとどうしても隙間が出来てしまいますが、完璧にフィットした私は、最高の音が出せるんです」 「凄い……本当
それから俺たちは一旦イヤホン屋へと赴いた。 どうせなら神社から直行すればいいのではと思えそうだが、最後にアコを俺の部屋に連れて行って、そして、抱きしめたかったのだ。 まあ、すぐ消えるかと思ったら修理が完了してもアコは成仏しなかったわけだが。 冷静に考えたらそりゃそうだ。だって俺はまだ――アコを聴いていないのだから。 「これが……アコの直った姿」 見てくれは変わらないはずなのに。断線したのをただ直しただけなのに。 どうしてだろう。なんでだろう。 「はい。……どうですか?」 「綺麗だ……そうか、本当はこんな姿なんだね」 不思議な気持ちである。 アコがあはは、と苦笑する。 「といっても私はチタン筐体なので踏んだくらいじゃ壊れないんですけどね。ぶっちゃけ端子が壊れて断線しただけですし」 確かにそりゃそうなんだが、でも、やっぱり。 「でも、何でだろう。違って見えるよ」 「身内びいきですよ。……でも嬉しいです。ありがとうございます」 アコは微笑んだまま小さく頭を垂れた。 元通りとなったアコ本体を彼女に見せつけながら、そっと。 「アコ、聴いてみたい」 「どうぞ、音源はありますか?」 「この日に備えてハイレゾ沢山買ったよ。高いね、一曲六百六十円はエグい」 「ですよねえ」 お陰で今月の食費を思い切り減らさなければならなくなった。大変な事態である。 でも、アコのためならば、アコを聴くためならば、やはり最上でなければ。 と言っても俺には音楽の善し悪しなどわからないからジャンルは適当だ。これについては色々聴いて、いずれ好きなタイプを確立していけばいいだろう。 と、俺の後ろからにゅっと紐育が首を突き出し、 「私も聴きたいな」 そう言ってぺろっといたずらっ子のように舌を出した。 そんな紐育の様を見て、アコがあははと苦笑する。 「勿論ですよ、さ、八島くん」 促され、俺はアコを耳に装着する。アコはシュア掛けではなく普通に耳につけるタイプだ
神社を出て、てくてくと夕暮れに染まった街を歩きながら、俺たちはちらちらとお互いを見つめ合う。 「八島くん……八島くん!」 今にもだきついてきそうなアコの頭を、俺は優しく撫でる。 「アコ……いいんだ。もう大丈夫だから」 もっとも、倉戸京子と約束し、アコも納得し、俺も啖呵を切ったとはいえ、今更ながら悲しみと不安がぽこぽこと沸騰したお湯のようにわき出てきた。 このまま倉戸京子を裏切って逃げ出してしまおうか。あるいは開き直ってしまおうか。そんな考えがわずかに脳裏をよぎる。 「ただ、アコ……いいんだな?」 「……はい」 ためらいを感じた。でも、彼女は承諾を示した。 なら、その意志は尊重しなければならない。 でも、そんな気持ちさえも責任を押しつけるような、卑怯者の逃避であって、それが俺に自己嫌悪を与えていく。 ただ、それを口にすることは憚られた。 騙すなら、最後まで騙すべきだから。 「わかった。じゃ、行こうか」 俺はぽんぽんとアコの背中を叩く。 そんな俺たちをやりとりを見ていた紐育が、沈みゆく太陽をバックに、少しだけ申し訳なさそうに訊ねてくる。 「……私も、行っていいんだよね?」 「「勿論」」 家につき、部屋に戻ってから、俺はアコにすっとイヤホンを見せつける。 鈍色に光る、筒状のハウジング。金属の冷たさが夕日に照らされ、ルビーのように輝いている。 「アコの本当の姿は、これなんだよな」 「はい、これなんです」 アコはしっかと頷いた。寂しそうに、懐かしそうに。 俺は頬を静かに緩める。 「そうか……」 「大事にして、くれますよね?」 「勿論だ。ずっとずっと、愛用する」 言いながら、俺は強く頷いた。 アコが嬉しそうにぱん、と手を鳴らす。 「わあ、それはよかったです」 そして俺から顔を逸らし、窓から夜へ移行する藤色と薔薇色の混ざった空を見つめながら、 「お別れじゃないんですね」 と言った
当然倉戸京子も黙ってはいない。 「感情を揺さぶられ、正常な判断が出来ていないだけですね。勿論ダメです」 「別にアコを助けろとか、アコを許してくれとか言ってるわけじゃないんです。ただ成仏させるために、アコの願いを叶えさせてやりたいだけなんです。お焚き上げじゃなくて、彼女が望むように、彼女の本体を直して、彼女で音楽を聞いて、彼女を満足させてやりたい」 「根拠がありません。どうして彼女の要望を叶えることが成仏に繋がると断言できるのでしょうか? 何か証拠でもあるのですか?」 「アコが、そう言ってるじゃないですか」 「彼女が嘘をついているかもしれない。誰だって死ぬのは嫌なものです。それに彼女は悪霊であり、戸籍を偽造した前科があります。そんな子をどうして信じることができるでしょうか」 「そ、それでも、俺は、アコを……信じたい」 「ただの思い込みですね。えこひいきというか、同情というか、赤の他人から言わせて貰えるならば、何ら信用に値する言葉ではありません」 なんというか、倉戸京子の言っていることは強烈だった。 大人の理論であり、ナイフのように鋭利であり、そして反論する俺の言葉からみるみる力が奪われていく。 「確かにそうですよ、貴女の言う通りですよ。俺が間違ってるかもしれませんよ。でもね、でもね、それでもね! 俺はあんたよりはずっとアコを知っている! 赤の他人だと断じるあんたなんかより、ずっと俺はアコがどういう女の子か知っている!」 でも、言わずにはいられなかった。 彼女の放つ正論に対して、ただ子供のように、けれど力を込めて、俺に出来る全ての言葉を紡いでいく。 それを、倉戸京子は冷静に、穏やかに、けれど殺傷力を伴いながら反撃する。 「はあ。確かに私は彼女をよく知らない。で、それがどうしたというのです? 力を込めて叫べば私の心が揺れて同情して貰えるとでも思いましたか?」 「思ってないよ。思ってないさ! そして根拠もない! あんたの言うことは全部正しい! でも、だからなんだよ! 俺は頭が悪くて、あんたを説得できるような言葉は紡げない! 人生経験もないし、社会もまだ知らない! ただ俺に出来るのは、アコを信じること
じっと、アコを見つめる。 「アコ……」 ぽつりと、アコの名前を呟く。 果たしてどうすればいいのか、俺は腕を組み、目をぎゅっと閉じる。 しかし世界を闇が包み込むだけで、そこには何ら光明が見いだせない。 見かねてか、紐育がつんつんと背中をつついてくる。 「八島……あのさ」 「待ってくれ、紐育」 「え?」 「今、考えてる」 「考えるったって……」 紐育の声は少しだけ呆れているように思える。 だが俺は構わず目を閉じたまま、どうすればいいのか、何をすればいいのか、アコにとって何が一番幸せなのか。それだけを考える。 いや、考えるといっても結論は一つしかない。 それを認めたくないから、あれこれ考えて否定しているだけだ。 目をちらりと開ける。 「…………」 アコの寂しそうに笑うその顔が、俺の背中を押した。 「やっぱり、仕方ない、な」 ため息をつき、ゆっくりと背筋を伸ばす。 そして――言った。 「アコ、お前の本音はわかった。だが……いや、だったら――なおさらお焚き上げなんかさせない!」 「え?」 アコが不思議そうに目を丸くさせた。 そんな彼女に向け、俺は言い放つ。 「だってアコ、まだ俺はお前を直してない。俺はまだお前の本当の音を聴いてない。お前で楽しんでない!」 「八島くん――」 「ポタアンを買った。音楽だって揃えた。あとはアコ、お前を、君を、貴女を! それで俺は救われるんだから!」 自分でも何を言っているのかよくわからない。ただ感情の赴くまま、エゴを振りかざしているだけだ。 でも、この場ではそれが一番正しいと思えた。 何故ならこれこそが――俺の偽らざる本音であり、そして、アコを救う唯一の方法だからだ。 「救われる……」 「そうだ! 俺はつまらない男だった! 何の趣味もなく、何の思いもなく、何を好きになるでもなく! ただサキの、姉貴の後ろで劣等感を抱き続けて、それを否定するために全てを無視して生
と、今まで黙っていたアコがすがるような視線を向けながら、 「八島くん……」 小さく、俺の名を呼んだ。 「アコ……」 「私はね、八島くんの態度にいつも傷ついていたんですよ」 「な、何を言うんだよ、俺は……」 「私はね、確かに悪霊なんですよ。自分の我欲のために一人の男の子に取り憑いて、自分の目的を達成させるために迷惑をまきちらして、学校でも一緒にいたいがために戸籍の偽造だってしちゃう、悪い子なんです。そしてこのことに私はなんら罪悪感がないんです」 「そんな、アコ……」 それはアコの本音だった。 初めて聞いた、アコの本音。 「私はいい子じゃないです。それにね、八島くんだって悪いんですよ。自分の意志とか、自分の意見とかをいつもためらう、いつも伝えてこない。私にぶつかってこない。私、いつも空気を触っているみたいで、凄く傷ついていたんですよ、八島くんは私なんかいなくても別にどうでもいいんじゃないかなって」 そんなことを言われたら、俺としても、本音で語らないといけないな。 「違う、そんなことはない! 俺はアコが、いや、アコでないとダメなんだ」 言ってて恥ずかしいだろうか。いや、不思議と全く恥ずかしくない。 それは緊張感と、不安と、そして――苦しみ。 様々な感情が入り交じり、錯綜し、それが羞恥心を消してのけたのである。 さて、どう返すか。 「確かに私が押しかけて、私が一方的に自分の気持ちを伝えて、私のエゴを振りかざしているかも知れない。でも、嫌いなら嫌いだと言えばいいし、こうしてお焚き上げして貰おうとする私を無視してしまえばよかったのに、君はいつだって中途半端に私に接する。その優柔不断な態度がどれだけ私を傷つけてきたか、わかりませんか?」 なるほど、そうきたか。 なら――俺だって! 「俺はアコに告白したじゃないか! あの気持ちに嘘はない! 嘘は、ないんだ……」 「嘘ですよ。だって君は、人間である私を好きになったのであって、イヤホンである私を好きになったわけではないのだから。人間のフリをしたのは失敗でした。君はイヤホンの時の私と、人間の時の私とで態度が